祖母との思い出

  • 2020.06.01 Monday
  • 10:23
おはようございます(^^)暮らしのアトリエいろはです。


今日は、祖母との思い出を書きたいと思います。




昨日は、祖母の四十九日法要(35日でおこなった)でした。

狭い実家で密にならないようにと思って(あと、忙しかったしね。)
お寺さんがくる日時とはズラして帰ったんですが…

私も久しぶりに
2時間ほとですが、実家に戻り
両親とも 少しゆっくり話をしました。








祖母は、1年ほど前に入院してからは
ほぼ寝たきりでしたが、
入院直前まで、自分で歩き、階段も登り…
とてもしっかりしていました。


入院してすぐ
「いつどうなってもおかしくない」
(脳の主要な血管が細くなっていて)
と言われてましたが…

きっと、1日に2度も3度も顔を見に行く 両親や、私たちの為に、
1年も頑張ってくれました。

だんだんと反応は弱くなりましたが…
私たちの問いかけに、相槌をうったり、
たまに「ほ〜か〜」と声を聞けたり…
私たちは、それだけで本当に嬉しかった。


「人は、ただ そこに居てくれるだけで良い」
っていう事を、身をもって教えてくれたのかな
と思います。










丸亀城の近くで、八百屋の娘として生まれた祖母は
社交的で、すぐ人と打ち解け…
出かければ、必ず知り合いと話し込み、
なかなか帰らない事が日常!(笑)そんな人でした。


弟はプロ野球選手だったそうで、

祖母も若い頃テニスをしたり…
運動神経が良かったので
80過ぎるまで自転車でアチコチ出かけてましたよ(^^)
(三輪車じゃないですよ!ちゃんと二輪!)






でもね、料理も美味しかったし、
手先も器用で、裁縫もほんと上手でした!!

縫い目がすごく細かくてね〜
我が家唯一のA型だからか(他全員、大雑把なO型。笑)
他も色々細かかったなぁ




祖母が裁縫をしてる時の写真を
何枚か撮っていて…
(結婚式のリングピローも作って貰ったし!)
祖母らしい 肉厚の "手" がとても懐かしいです…。




文字も綺麗で、宛名書きとか賞状の名入れの仕事(シルバーさんの?)をしていたし…



これは数年前に、アトリエいろはの包装紙を作りたいから、いろは歌を書いて!と言って…
「もう綺麗に書けんが」と言いながら書いてくれた時の写真。





何でもできる人でしたね〜!勉強熱心で働き者!向上心の塊のような感じ…。

小さい頃、何でも教えられて…
厳しいお母さんだったと言ってたな〜






私はウチの第一子で、すぐ年子の弟ができたので、
かなり祖父母に面倒を見て貰いました(^^)
おじいちゃん、おばあちゃんっ子でしたね〜
(で、子どもの頃から渋いもの好き)


そのうえ、結婚は1番遅かったので(笑)
京都から戻って10年ちょっと…
かなり長い時間、祖母との時間を過ごせました。


私が自宅に居る時間も長かったし 2人ともお喋りなので、いっぱい、いっぱい、話をしましたね〜




うちの母は、ファッションや芸術に全く興味の無い人で(笑)
代わりに祖父母はとってもオシャレ!

私が化粧品や服の話をするのは、母じゃなく祖母でしたね(^^)
(祖母に似てるオシャレな叔母ともしますが)



私の買った服を見て、 「それ、ええ色やの〜 どこで見つけてくるんぞ?」って、良く聞かれたな〜(^^)



祖母はお肌がとっても綺麗で…
化粧品もずっとsk2を使ってたんですよー(笑)



私の着物好きも、祖母の影響大!

実は、教えて貰って浴衣を縫っていたのが途中なんですよね〜 完成させたいな!






見た目だけじゃなくて、頭も柔らかく、若々しかった おばあちゃん!
色んな事に興味を持っていました。


私の仕事の事も、
「今日はイベントで、こんなの作って貰ったよ」とか見せると、いつも

「凄いの〜。 しかし友紀よ。こいな事(こんな事)が出来る人は、なかなか居らんぞ〜」とよく言ってくれて…
私はいつも凄く嬉しかったんよねー(*^^*)



あの年代の人なら、はやく結婚しろとか、
そうじゃなくても、ちゃんとした仕事に就きなさいと言ってもおかしくないのにね。
(結婚しろと言われたの、一回だけだなぁ)
いつも私を応援してくれていました!
そしていつも私の事を、凄い、凄いと認めてくれていました。



そういえば結婚式の時…
いつも凄く、写真うつりの良い祖母が、
超無表情で写っていてー

あんまり状況が分かってないのかなぁ?そういえば結婚の報告をしても、あまり反応が無かったね
なんて家族で言ってたんだけどー


後から、「だって、寂しいやないか」 と言ってたらしくて(笑)


それがとっても おばあちゃんらしくて、
ちょっとジーンとしたんよね。。







祖母は優しいけれど、大人しい感じでは決してなくてー
家族で1番、遠慮なく物を言うタイプ!


よく父とも喧嘩してたなぁ(笑)

私と母はいつもヒヤヒヤしてたけど…
派手に喧嘩しては、私たちの心配をよそに、すぐ元に戻っててー
うちでは、夫婦より、"親子喧嘩は犬も食わん"だったな〜〜






それから、
私は小さい頃よく、
「太い足、放り出してー」と言われて、
けっこうトラウマになったし(笑)



あと、ここは私が植物を植えてるから触ったらイカンで!
と何度言っても、
出てきた新芽を 抜かれたりー

(母曰く、このやりとりは 私が幼少の頃から 何度もあったらしい。笑 覚えてないんやけどね。)





亡くなった祖父も、基本すごく亭主関白だったんだけど…時々おばあちゃんに
ズバズバと何やら言われて、
肩をすくめて私たちに目配せしてたなぁ(笑)






他にもね、もっと書けないような事も…色々ありましたよ〜





でもね、今はどれを思い出しても 懐かしくて、ただただ、愛おしいです…

だって、楽しかった思い出は勿論…
そういう"困ったところ"も含めてー
むしろ、そここそが、
"おばあちゃんらしさ"だったのだから。。


祖母は我が家…親戚中で1番の、ムードメーカーだったのだと思います。









昨年のお正月頃か…前年の年末かなぁ?
祖母が、帰りにお小遣いをくれた事がありました。

一人暮らししてた頃は、よく帰省した際に
「お母さんには言うなよ!」と言って(笑)
こっそりお小遣いをくれてましたが…


ふと思い出したのでしょうか?
それか、その頃よく、足のマッサージをしてあげてたから、お礼だったのかも知れませんが…


私は、紛れて使っちゃう前に、何か品物に変えておこう!と思ってー
自分でお金を足して、真珠のネックレスを買いました。


結婚指輪でお世話になった岡田時計店さん。
祖母もよく知っていたので
喜んでくれるかな〜と思って!
(オシャレ大好きでしたから。)


カジュアルなネックレスも良いけれど…
真珠は一生つけられるからと、そうしました(^^)



お見舞いにも何度か着けて行って、
喜んでくれてましたよ(^^)






* * *

まだ正直、実感が少ない…という所もありますが
私たち皆、おばあちゃんの存在の大きさを、日々、感じています。



このような状況下だったので、
葬儀は高齢の祖母の妹や 県外からは来られませんでしたがー


おばあちゃんを起点に繋がっている
家族や親戚、それ同様にお付き合いのあった知人…

こんな状況だからこそ余計に、
皆で助け合って、これから頑張っていかなくちゃ!と
そんな風にも思いました。





92年頑張った祖母の体は 地球に還ってしまったけど…
私のDNAに…習慣に…考え方に…好きな事に…思い出に…
祖母は沢山、宿っていて、
それはずっと無くなる事はありません。




そして、
私は、魂とか生まれ変わりって
きっとあると思っていて…

好奇心旺盛な祖母の魂は、また何処かで生まれ変わって、色んな事にチャレンジするんじゃないかな〜と。

どこかで私も形を変えて
また出会い…ともに時間を過ごせたらいいな。


今世で、おばあちゃんの孫として生まれて本当に良かった。

おばあちゃん、ありがとう!!!

また会って、色んな話をしようね…!!!
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